1. COUNTRY GRAVE-YARD 田舎の墓地にて 8:19
2小節(8拍)ワンセットのシンコペが小気味良いイントロながらも、良くも悪くもこの出鼻でのタイトな8ビート+ギミックがアルバム全体の印象を決定付けているような気が。現実には、冒頭のギミック、1/2勘定のテンポになる8ビート、シャフル、タランテラ的3連などバリエーションもてんこ盛りのリズムアレンジ、オルガン&メロトロンの劇的なブロックコードやFローズの鍵盤ソロなど、田舎の墓地ってこんなに賑やかだったのかと云うサービス満点のナンバーながらも、あまりにブリティッシュ然としたアプローチには正直ビックリさせられる。ようやく陽の目を見たリリース当時の情報と云えば、シモネッティ+ピニャテッリ+ボルディーニがPROFONDO ROSSOの直前に吹き込んだ謎のアルバムと云う触れ込みだったので。 |
2. THE PICTURE OF DORIAN GREY ドリアン・グレイの肖像 8:28
荘厳なオルガン+メロトロン、アコギのアルペジオ(ピニャテッリか?)、ヴォリューム奏法のギターも印象的なイントロは、美青年ドリアン・グレイのイメージにも近い。ただそれも束の間、16刻みのオルガンリフとちゃちなポルタメント的なモノシンセを皮切りにマーチング的な16刻みのスネアが炸裂、勇壮なトーンに様変わり。1/2勘定のテンポになる8ビートやメロトロンの4コードの部分は劇的で申し分なし。イマイチ弾けていないモランテのソロだが、思えばここまで長いレンスでモランテのソロが聴けると云うのも貴重なのかも。終盤では16刻みのPfリフもフィーチャー。とにかく忙しい。美青年ドリアン・グレイと云うよりタフネスなアドヴァンチャー系のキャラを連想させられるナンバー。 |
3. THE SWAN IS A MURDERER (1 part) 白鳥の殺意 (パート1) 3:53
ドリアン・グレイの続きのようなElチェンバロのイントロ、続くシャフルのビートが「白鳥の殺意」と云う鋭利なイメージを吹っ飛ばす。このナンバーに限らず、ここまではとにかく元気一杯、怪しさも絶好調なタイトルとは裏腹に明朗快活な印象に終始。ノーメロのスキャットやモノシンセのSEで構成されるPt2に続くブリッジの部分は、PROFONDO ROSSOの"Wild Session"で使用されたSEをそのまま流用。と云うよりこれは、そもそも"OLIVER"の74年の段階で録音されていたもの。 |
4. THE SWAN IS A MURDERER (2 part) 白鳥の殺意 (パート2) 5:05
SEが再び繰り返される中、今度こそは「白鳥の殺意」らしさが炸裂するのかと思いきや、16刻みのタンバリンも加勢するサウンドは元気ハツラツ度もパワーアップ、ベガーズ・オペラを髣髴とさせる長3度のハモリも軽快なバリバリのブリティッシュサウンドが炸裂する。と云うか、個人的にはこの手の路線も大好物で何ら問題もなかったが、やはり「白鳥の殺意」と云うタイトルが潜在意識で燻らされる。ルナティックな白鳥みたいなイメージにも聞こえなくはないけど。タイトな8ビートに終始するナンバーながらも、アナログフェイズ仕様のタイコのフィルインを皮切りに、ふと気付けばいつの間にか終演。 |
5. OLIVER オリヴァー 9:30
墓地や殺意の文言が躍るおどろおどろしいタイトルから一変、その名もズバリ前身バンドの名前「オリヴァー」。ディケンズを髣髴とさせる文学小説チックなタイトルながらも、その実、このナンバーが一番おどろおどろしい。と云うか、ここまでのタイトな8ビート+快活なイメージもウソのような近代モードをかじるアングラなイントロ、拍子チェンジも慌しい構成は、孤独な青年を謳い上げる詞の内容も置き去りにしているが、その実、ディケンズのイメージと云うのもこんな感じなのかも。ドラをキッカケにする中間部分は、アルバムでも虎の子のゴブリン的な世界。続く5/4のパートから一気にクライマックスへ。循環系の拍子が延々と続くと云うのも、実はアルバム中でもこのナンバーだけ。 |
6. MY LITTLE CLOUD LAND 雲の王国 7:43
ジェスロ・タルを連想させる冒頭からドラマティックな終盤まで聴き所も満載のナンバー。モノシンセがアルバム中では最も活躍。ピニャテッリも力量を充分にアピール。と云うか、ここまで聴いて漠然と感じた事と云えば、タルタリーニの英語がフツーにナチュラルだった事。ブリティッシュ指向のサウンドの影響もあるが、逆に英語ベタがマイクを握っては大きく穴を開けられる。アクア・フラジーレやCK以降のPFMに参加していたベルナルディにも共通するような流暢な英語のタルタリーニだが、同様に英独に向けて英語盤をリリースしていた"MAXOPHONE"のベーシスト、アルベルト・ラヴァシーニの話なども思い出す。英語の吹き替えには全く抵抗がなかったと話していたラヴァシーニだが、若干二十歳だったと云う彼の場合、ラジオから流れるヒット曲に合わせて口ずさむ日常的な感覚だったとか。 |